風のローレライ


第1楽章 風の警笛

3 風の力


それから一週間。わたしは家に帰らなかった。昼間はデパートや図書館で時間をつぶし、夜は平河達と合流。たまには悪いこともしたけど、それはそれ。すごく楽しい。連中はわたしにやさしくしてくれたし、カンパだってしてくれる。
「アキラ!」
突然呼ばれて振り向くと、そこには裕也が立っていた。わたしは、ついさっき閉館した図書館から出て来たばかりだった。
「おまえ、今何処にいるんだよ?」
いきなり来てそう訊いた。
「何処って?」
「最近、家にも帰ってないっていうじゃないか」
「誰に訊いたの?」
「おまえんちの親だよ」
「何でそんな余計なこと訊くのよ?」
わたしは裕也を睨みつけた。

「それは……。おまえのこと心配だから……」
「よけいなお世話! 放っといて!」
「けどさ……」
もうすぐ平河達との合流の時間だ。わたしは早く裕也を追い払いたかった。
ううん。裕也だっていい奴だってことは知ってる。でも……。
「制服……」
不意に彼が言った。
「用意してあるから……」
「え?」
「学校始まったら、ちゃんと出て来いよ」
「学校? つまらないよ」
「アキラ……」
わたしはそっぽを向いた。

「学校なんかつまらない……」
そうよ。先生だってクラスの連中だって、みんな何もわかってないんだ。
あのバカ親のせいでどれだけいやな思いしたと思ってる? みんなが変な目でわたしを見るんだ。あんな親の娘だからだらしがないんだとか、将来ろくな者になれないとか……。ひどいこといっぱい……。影で悪口言ってるの知ってる。なのに、表面だけはさも同情してるって顔して……。真っ平よ。わたしはいや!
「アキラ……。もし、家へ帰るのがいやなら、おれの家へ……」
裕也が言った。さっきから切れ掛けて点滅していた街灯がついに切れて、そこだけが妙に暗くなった。そこへバイクの丸い光点が近づく。
「平河!」
わたしは呼んだ。

「アキラ、よせよ、あんな連中と付き合うの……」
裕也が言った。
「どうして? 彼らはいい人よ」
「だまされてんだよ。こんなことしてたら、おまえ本当にヤバイぞ」
「平気だよ」
わたしは強引に裕也を押し退けて道路に出ようとした。
「ヤバイのは裕也の方だよ」
わたしはそう言うと平河のバイクにまたがった。
「え? ヤバイって何がだよ」
裕也が訊いた。発進し掛けたバイクから振り返ってわたしは言った。
「あんたの後ろに闇の風が吹いてる」

「おい、闇の風って何だよ?」
平河が訊いた。
「さあね。わかんない」
わたしは答えた。
「だって今、おまえが言ったんじゃないか」
「そんなこと言ったってしょうがないでしょ? わかんないものはわかんないよ!」
風にあおられてよく聞こえない。わたしは大声で叫んだ。

「アキラ……」
平河が言った。
「呼び捨てにしないで!」
わたしは言った。
「キラちゃん……」
「何?」
夕暮れの街をバイクは走る。
「もうすぐ学校が始まるだろ?」
「そうね」
「学校には行った方がいいよ」
「何で?」
「まだ中学なんだし……」
「どうしてよ?」
さっきからずっと同じようなブロック塀が続いている。何処まで行っても同じような造りの家……。

「中学は義務教育だし……」
「義務? だれが決めたの? そんなこと……。わたしには関係ないよ」
そうよ。関係ない。勉強なんて人から強制されてやるもんじゃないよ。それに……。

――制服、ちゃんと用意してあるから

裕也の周りにあった風……。突然、思い出してぞっとした。
「平河! お願い。さっきの場所まで戻って!」

――あんたの後ろに闇の風が吹いてる

それは本当だった。あまり大きくない風だったから、多分、大丈夫だと思うけど……。あれは間違いなく闇の風だった。災いを呼ぶ闇の風……。それが何なのかなんてわたしは知らない。でも、そうなんだってことはわかる。平河は次の曲がり角で右に曲がった。それからすぐにまた右へ折れて、さっきの公園へ向かう。

「裕也!」
闇が膨らんでいる。裕也は自転車で道を渡ろうとしていた。
「危ない!」
猛スピードの車が突っ込んで来る。そういえば、ここ、1年前にも死亡事故があった場所だ。闇の風が車と道を覆って裕也を包む。

――消えろ!

その途端、闇は真ん中から裂け、光に紛れて散って行った……。

これで大丈夫。
わたしは深くため息をついた。
裕也は何事もなかったように道路を渡り、反対側へと走って行った。
「ありがと。もういいよ」
平河は再びもと来た道を疾走する。

「何かあったのか?」
しばらく行くと彼が訊いた。
「何かって?」
「あいつに何か言いたいことがあったんだろ? 言わなくてよかったのかよ」
「言いたいこと?」
そうか。平河にはあれが見えていないんだ。
「ねえ、平河。闇の風って知ってる?」
わたしは訊いた。
「闇の風? 何だよ、それ。映画か何か?」
やっぱりそうだ。
「黒い風のことだよ。事故とか事件とかいやなことを運んで来る風……」
「ふうん。知らないな」

闇の風が現れると必ずいやなこと、恐ろしいことが起きる。でも、世の中の多くの人達にはそれが見えないらしい。それを見ないで過ごせるなんて幸運な人達だ。わたしだってそんなもの見たくて見ている訳じゃないんだ。
「また……」
前方に小さな闇の風を発見した。わたしは心で念じる。

――散れ

すると、それはまたさーっと光に溶けてなくなった。あれらは一体何なんだろう? その正体はわたしにもわからない。でも、放っとくと事故になる。消してしまえば何もない。

繰り返し起きる交差点の事故……。あれってもしかしたらみんなあの闇の風のしわざなんじゃ……? と思ったら何だか背中がぞくっとした。けど、わたしにはそれを消すことができる。ううん。その風の力を使うことだってできちゃう。よくはわからないけど、あの風はすごい力を持ってる。その力を使って人間にとってよくないことをする。でも、もしその力をもっとうまく使うことができたら……。きっと世の中が面白くなる。

「キラちゃん……」
突然、平河が言った。
「今夜は早く帰った方がいい」
「どうして?」
「狩りをするからさ」
風が強くなって来た。耳が冷たい。
「狩り?」
わたしは訊いた。
「そう……。人間狩り」
それってどういうこと? 意味がわからない。
「捕まったらヤバイからさ。おまえは来ない方がいい」

人間狩り?
それって何だかSFみたい……。
けど、それは平河のやさしさから出た言葉だった。それは、おじさんを襲ってお金をもらう。つまり、親父狩りってことだ。ニュースか何かで聞いたことはあるけど、ほんとにそんなことをやっている人達がいたなんて……。しかも、平河、あんたまで……?

「どうしてそんなことするの?」
いつもの集合場所を素通りして平河はバイクを飛ばした。
「おれだって、ほんとはそんなことしたい訳じゃないさ」
「それじゃ何で?」
「……」
彼は黙っている。並行して走る線路。あとから来た電車がわたし達を追い越して行く……。
「リーダーに脅されてるの?」
わたしは訊いた。一見いい人にも見えるけど、本当のところはわからない。わたしには親切にしてくれるけど、もしかしたら、ただの演技かもしれないし。人間なんていつも他人を裏切ってばかりいるんだから……。きっとあいつらも……。わたしはギュッと強く平河の腰にしがみついた。
「キラちゃん……」
風に流されて声が歪む。メットに隠されて表情も見えない。

「わたしがやっつけてあげようか?」
返事はなかった。
「わたしが、あのリーダーを……」
「キラちゃん……」
平河が僅かにこちらを向く。
「バカなこと言ってないでしっかり掴まってろ」
彼が言った。
「バカなこと? バカはあんたよ! いつまでもあんな奴を怖がってたらもっと酷いことさせられるかもしれないんだよ?」
「アキラ!」
彼は怒鳴った。
「ずるいよ。本当のこと言われたからって怒ることないじゃない!」
わたしも怒鳴り返す。

バイクは夜の街を走り続ける。
「さっきもここ通ったよ」
同じ看板を同じように左折して行くバイク。誰も通らない歩道。
「……悪かった」
不意に平河が言った。
「……」
わたしは返事をしなかった。
「けど、おまえを巻き込みたくなかったんだ」
「平河……」

「何よ、それ。どういう意味?」
わたしはそっぽを向いて言う。
「どういうって……。おまえ、まだ子供だし……」
「あんただって子供じゃん」
遠くでサイレンの音がしてる。田舎っぽい街なのに、サイレンの鳴らない日はないね。
「心配してんだぜ。おまえ、一応女の子だし」
「何よ? 一応って……」
「……キラちゃんってその、可愛いからさ」
「そうね。タレントにならないかってスカウトされたこともあるんだよ」
「……」
平河は返事をしなかった。

急に通りが賑やかになってきた。
「どうやら、この先で何かあったらしいな」
平河が言った。
「さっきのサイレン……?」
「火事だってよ」
通りすがりの誰かが言った。ってことはこの人達ってみんな野次馬? 表通りはかなり渋滞していた。
「迂回しようか」
平河が言った。
「そうね」
わたしは言った。

「相当燃えてるらしいぜ」
「火元は3丁目の居酒屋だって……」
みんな好奇心丸出しでそちらへ向かって行く……。ここからでも煙と赤い炎が上がっているのが見える。それと炎を取り囲むように渦巻く闇……。
「闇の風だ……」
わたしが呟く。すると、また通りすがりの声が聞こえた。
「あの場所、前にも火事になったことあんだよな」
「やだな。呪われてんじゃねえの?」
やっぱりそうだ。闇の風は前に起きたいやなことをもう一度繰り返そうとしてる。

「平河! そんなとこで何やってんだよ? もうとっくに集合時間だぞ」
脇道からバイクの一団がやって来た。『FINAL GOD』の連中だ。声を掛けてきたのはリーダーだった。
「すんません」
平河が詫びる。
「平河のせいじゃないよ。わたしが遅刻したの」
わたしがそう言うとリーダーは黙って列に加わるように指示した。
「何処に行くんです?」
平河の言葉にリーダーはニヤリと笑って火事の方を指差した。

火事の野次馬でごった返す通り……。その現場から少し離れたところにバイクを停めて、わたし達は二手に分かれた。そして……。一方は人込みに紛れ、火事見物に夢中になっている人のポケットからサイフを抜く。そして、残りの半数はそこらに鍵も掛けずに停めている車を物色し、お金をもらう。わたしと平河は後者のグループに割り当てられた。でも……。

「それって泥棒じゃない」
わたしは言った。
「しっ。そんな大声出すなよ。人が来るだろ?」
平河が言った。
「だって……」
「心配するな。おまえには、そんなことさせねえよ。おまえはただ、ここに立って人が来ないか見張っててくれればいい。そして、誰か来たら、すぐに教えるんだ。いいな?」
「でも……」
見張りだけ? でも、悪いことに変わりはない。いい人達だと思っていたのに……。少なくても、平河は……いい人だと思ってた。

「いやなのか?」
彼が言った。
「なら、帰れ」
「え?」
「今ならまだ間に合う。だから、おまえは戻れ」
「平河……」
火事の現場でどよめきが起きた。勢いを増した炎が闇を切り裂く魔物のように猛り狂っている。そう。あれは本当に魔物が支配している炎なんだ。炎を取り巻いてるあの闇の風を消さなければ、きっともっと酷いことになる。でも、誰が? わたしが……。わたしがあの闇の風を消す。でも、できるだろうか、そんなこと……。これまで、あんなに大きな闇を見たことがない。

「おい、何やってんだよ。早くしねえと人が来るぜ」
先に行っていた村井が言った。
「おう。わかってる」
平河が言う。それから、わたしの方を向いて囁いた。
「早くしろ。抜けるなら今しかないんだ。リーダーにはおれから上手く言っておく。だから……」
「殴られるよ」
わたしが言った。
「大丈夫だ」
真剣な目だった。でも……。何処へ行けばいいって言うの? 他に居場所なんかないのに……。

「そこで何をしている?」
暗がりから突然、男の人の声がした。
「やべっ! 逃げろ!」
村井が叫ぶ。
「来い!」
平河もわたしの手を掴んで走り出す。
「待て!」
おじさんが追って来る。けど、わたし達はすぐにバイクのところまで来た。
「乗れ!」
平河が言った。わたしもすぐに飛び乗る。と同時に発進。でも……。

「畜生っ! 放せ!」
背後の声。川本だ。追って来たおじさんに腕を掴まれ格闘している。
「ちっ。まずいな」
平河が舌打ちする。見れば、もう村井の姿は何処にもない。あいつ、相棒を見捨てて逃げちゃったんだ。
「しっかり掴まってろよ」
「え?」
平河はバイクの方向を変え、おじさんの方へ突っ込んでいく……。やだ。ウソでしょ? それってバイクをぶつけるつもり? わたしは焦った。いやだよ。そんなの……。怖い! やめて!
「やめて!」
わたしは叫んだ。と、おじさんがこっちを見た。いやっ! 見ないで!

――あっちへ行け!

すべてがいやだった。平河がこんなことするのも、仲間が捕まるのも、そして、顔を見られるのもみんな……。だって……。
「だって……」
闇の風が牙を剥いた。そして、川本と組み合っていたおじさんを吹き飛ばした。おじさんは、驚いたように辺りを見回すと慌てて何処かへ逃げていってしまった。そこには呆然とした顔で川本が突き飛ばされたまま座り込んでいる。彼の目の前に黒い財布が落ちていた。彼はそれを拾うと走って逃げた。
「大丈夫か?」
平河が訊いた。バイクは止まったままさっきから動いていない。背後で人の声がして、また何処かで消防車のサイレンが鳴っている。わたし達はそれとは反対方向へと走り出した。

「大丈夫か?」
どれくらい走ってからだろうか。平河が訊いた。
「うん」
わたしの胸はまだ高鳴っている。だけど、それは、川本のせいじゃない。それは……。あの闇の風のせい……。わたしはまた、あの風の力を使った。
「さっきはラッキーだったな」
平河が言う。
「ラッキー?」
「何だかわかんねえけど、あのおっさん、急にビビッて逃げてったろう?」
何だかわからないって? わたしは急におかしくなって笑った。
「ん? どうかしたのか?」
「だってさ、おかしいんだもん」

そう。おかしくってたまらない。誰も気がついていないんだ。あの闇の風に……。それをわたしが操ってたことも……。誰も知らない。誰も知らないんだから絶対バレない。そうだよ。
「ねえ、平河。あんなことやって何がおもしろいの? いつ見つかるか人が来るかビクビクしちゃって……。そんで、もし捕まったら警察に突き出されておしまいじゃん。どれくらい分け前があるのか知らないけど、そんなの割が合わないんじゃないの?」
「別に金が欲しくてやってる訳じゃないんだ」
平河の言葉がすっと夜風に吸われて遠ざかる。

「どっちにしても、集めた金はみんなリーダーと上の組織に吸い上げられちまうし……」
「何? それ」
わたしは訊いた。
「おまえにゃわからないかもしれないけど、いろいろあんだよ」
「何よ、いろいろって……。わたしのことバカにしてるでしょ? 何も知らない子どもだと思って……」
「そんなことねえよ」
平河の言葉には感情がなかった。まあね、見えてないんだから仕方ないんだけど……。まるで信用されてない。だったら、実力行使あるのみ。平河にもリーダーにも、わたしのあの力を見せつけてやればいい。そうよ。そうしたら、みんな、わたしの言いなりになるしかない。

「いいよ。わかってる。でも、もし、わたしがリーダーだったら、そんなことしない」
「ああ。もし、おまえがリーダーだったらな」
彼はおざなりに返事した。
「いいよ。今度からはわたしがFINAL GODのリーダーになる」
わたしは宣言した。
「はあ?」
平河は間の抜けた返事をした。
「信じられない? でも、わたしだったら、もっとずっとうまくやる。それに、仲間を見捨てたり、分け前を独り占めしたりなんかしない。どう?」
平河は笑い出した。

「じゃあ、見せてあげるよ」
わたしは言った。
「何を?」
平河が問う。
「わ た し の 力」
「力?」
平河は何だかわからないと言いたそうに首を傾げた。
「そうよ。闇の風の力。えーと、何か適当なことはないかな?」

わたしは首を巡らした。すると、すぐ先の通りを消防車がサイレンを鳴らして通り過ぎていくのが見えた。さっきの火事……。もしかしてまだ燃えてるの? 確かにあれも闇の風が渦巻いてたけど……。
「いいわ。平河。さっきの火事の現場に戻って」
「え?」
彼は驚いたように言った。微かに煙が流れているようにも思える。あれはかなり大きな闇だったし、手強そうだけど、大きい方がわかりやすそうだもんね。それに、人助けにもなるし……。悪い気はしなかった。

「この辺でいいか?」
人や車で混雑している通りの端にバイクを停める。
「いいよ」
火はまだ燃えている。思った通りだ。炎を取り囲むように闇の風が取り巻いている。
「それにしてもよく燃えてるなあ」
「アルコールに燃え移ったからじゃないの」
「それにしたって異常だぜ」
野次馬達がざわざわと噂する。

「平河。あの炎の上にある闇の風が見える?」
わたしが訊くと、平河は首を横に振った。
「闇の風? 何のことだよ」
「あの風が現れると必ず悪いことが起きるの」
「何? それ、占いか何か?」
「ちがうわよ。わからないなら黙って聞いて」
わたしは説明を続ける。
「あれが取り巻いてるから、いくら水をかけても消えないの。今、わたしがあの風を消す。そしたら、すぐに火は消える。見てて」

わたしはうんと強く心で念じた。
――消えろ!
だけど、それは一度では無理だった。
――消えろ! 消えろ! 消えろ!!
わたしは繰り返した。
――消えろーっ!!
体がカッと熱くなった。何か得体の知れない力がわたしの中を駆け巡り、そして光となって爆発した。真っ白な闇が広がって、そして、弾けた。

「やった。闇の風が消えた」
すると、たちまち放水されている水の勢いが増し、火はあっという間に鎮火した。

「ねえ、見てたでしょう?」
わたしが言う。
「はあ?」
なのに、平河はどこかボケた返事。
「今、言った通りに火が消えたでしょう?」
「ああ……」
「何よ? その態度。せっかくあんたの目の前であの闇の風を消してやったのに……。ちゃんと見てなかったなんてひどいよ」
「見てたさ。けど、何もなかったぞ」
「何ですって?」
平河の言葉にわたしは唖然とした。何もなかったって? どういうことよ。

「これだけ放水してたら、いくら何でも消えるだろう?」
「放水? それじゃ、平河は火事が消えたのは消防車が水をかけたからだって言うの?」
「当たり前だよ。おまえ、少しおかしいぞ。闇の風だとか何だとかって。それとも、オカルトが好きなのか?」
そう言って平河は笑った。
「何よ、それ! 許せない。信じないってんなら、いやでも信じるようにしてあげる」
わたしは闇の風を呼んだ。って、特別に何かした訳じゃないけど、平河への怒りの感情が周囲に闇の風を集めたんだと思う。わたしは強く念じた。

「こいつに絡みついて」
わたしは闇に命じた。すると、その闇はシュルシュルと伸びて平河に巻きついた。
「な? 何だよ、これ……」
平河は体にまとわりついている闇を必死に払おうとした。
「どうしたの?そこに何かあるの?」
わたしは訊いた。
「いや、別に何も……。けど……」
闇の風はぐんぐん平河の体を締め上げていく。わたしがそう願ったからだ。
「うわっ……! 一体これは……」
見えない闇に締めつけられて、平河は悲鳴を上げた。

「ふふ。どう? これなら信じる?」
平河は驚いたような顔をして、わたしの方を見た。
「アキラ……まさかおまえが……?」
「そうよ。ついでに空の散歩でも楽しんでみる?」
わたしは心の中で命じた。
――そのまま浮き上がれ!
すると、彼の体は本当に何十センチか浮き上がった。

「わあっ! よせ! 頼むよ。やめてくれ」
平河は空中で喚いている。
「それじゃ、信じる?」
「信じるよ。だから、お願い。どうぞ下ろしてください」
彼は懇願した。
「あーあ。だらしがないの。これくらいのことでビビッちゃってさ」
わたしは、彼を下ろしてやるようにと風に命じた。闇の風はシュルシュルと平河の体から離れ、夜に溶けていった。

「ふーっ。死ぬかと思った」
平河が言う。
「オーバーね。わたしがあんたを殺す訳ないじゃん」
「だけど……」
平河は纏わりついてもいない闇を払おうと必死になって手を動かしている。
「もう何もないよ。闇の風は全部追い払ったから……」
そう言うと平河は奇妙なものでも見るようにわたしをじっと見つめた。
「追い払ったって、おまえはいったい……」
「何よ! その目! わたしが怖いの?」
「べ、別にそういう訳じゃ……」
彼は言った。でも、明らかにわたしから離れようとしている。一歩近づけば一歩下がる。そんな風に……。

「逃げるのなんかなしだからね!」
わたしが言った。
「に、逃げるなんてそんな……」
「だったら、何で後ろに下がるの?」
「別に下がってなんか……」
「まあ、いいや。どう? これでわかったでしょ? この力を使えば、あんただって助けてやれる」
「おれを……助ける?」
彼は怪訝な顔をした。

「だって、そうでしょ? あんたってば人がいいから、仲間からいいようにパシリさせられてんじゃない」
「それは……」
「だから、これからは、やっぱりわたしがリーダーになる。いいわね?」
「キラちゃん……」
「じゃ、いい? 出発するよ」
もしかしたら、平河はわたしのこと、まだ怖がっていたのかもしれない。でも、彼は黙ってバイクの後ろに乗せてくれた。